小池百合子都知事の写真集がベストセラーになった裏側が感動的だった。戦友の命を懸けた出版とは?

小池百合子東京都知事が政治家になってからの約25年間が記録された写真集「小池百合子 写真集 YURiKO KOiKE 1992―2017」(双葉社)が2017年6月14日に発売されたのですが、当時の世間は百合子フィーバーらしく、この写真集はベストセラーへと突き進みました。

オリコンの週間写真集部門売り上げランキングで1位を獲得し、政治家の写真集としては初の1位で、人気女優・芳根京子、乃木坂46の白石麻衣の写真集を抑えての快挙となった伝説をもっています。

ただ、出版社の双葉社によると「当初は5000部の予定でしたが発売前から反響が大きく、急きょ初版部数1万5000部という異例の部数になりました」ということです。

都知事選の直前ということで話題になりましたが、実はその発売の裏には政治家デビュー当時からの戦友カメラマンが深くかかわっているということでしたので、調べてみました。

都知事選直前の「写真集緊急発売」は“戦友”のためだった?

東京都議選直前の出版となったのは“「都民ファーストの会」の人気取り”ではなく、著者であるフォトグラファー・鴨志田孝一さんが“血液のがん”と言われる難病・悪性リンパ腫の治療で入院するために緊急出版が決まったんだそうです。
 

 

戦友の写真家は最初は敵だった?

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著者の鴨志田氏は、小池氏が1992年の参院選に日本新党から初出馬し当選して以来、彼女を撮り続けてきたそうです。
 

ただ最初から仲が良かったわけではなかったんだとか。

小池都知事が政治家デビューした当時は『フォーカス』『フライデー』『フラッシュ』がシノギを削った“3F時代”。

きらびやかでスカート姿が多かった小池さんには、編集者から『他より過激な写真を撮れ!』という指令があったんだとか。

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そんな中、著者の鴨志田氏も最初は警戒される立場だったが、その後、何度も取材を重ねるうちに小池氏と信頼関係ができてきたんだそうです。

 

パレスチナで食事抜きで10時間待って取れた写真とは

2001年、当時パレスチナ自治政府議長だった故ヤーセル・アラファト氏と一緒のところを撮った写真が鴨志田さんの一番印象に残っている写真なんだとか。

「同行したのは僕だけ。小池さんから『こういうところに行くけど、興味あります?』と聞かれて。検問所から、分厚い防弾ガラスの付いた車に乗り換えてガザ地区に入った。子供たちは普通に遊んでたけど、街には空爆で撃墜された跡とか普通に残っていた」

 

「ただアラファト氏のオフィスに着くと、長時間待たされましたね。屈強なガードマンが10人くらい立ってた。3時間待っても何の返事もないから『ムリかな?』と思ったけど、小池さんは『大丈夫!』って。結局食事も取らず、10時間くらい待った」

と鴨志田さんはインタビューに答えています。

 

戦友の命を懸けた治療のために、都知事選挙直前の発売が決定

そんな鴨志田さんは2011年に、悪性リンパ腫と診断され1年間入院されたそうです。
その後、いったんは回復をしたそうですが、2016年に再発し、抗がん剤治療を始めたそうです。抗がん剤の副作用で髪は抜け、体重は20キロも減ったんだとか。

 
 
 
そんな中で、小池都知事が「世界で最も影響力のある100人」に選出されたタイミングで写真集出版の話が持ち上がったそうです。鴨志田さんは「集大成として何としても出したい」と思い、抗がん剤治療を一度打ち切ったそうです。
 
 
写真集発売後の2017年6月末から鴨志田さんは新たな治療法である自家造血幹細胞移植のため入院する予定。この治療法は無菌室に1か月間入る必要があったそうです。

そこで、都議選直前の2017年6月14日に発売することになったそうです。

もちろん、“選挙前に人気取りのために出版”と批判的な評判もあったそうです。
しかし、

「感染症により命を落とすリスクもあるが、完治を目指して治療を受けることを決断した」

「すべては僕の治療のため。ホントは小池さんも話題になってるだろうし、発売は選挙後の方がいいけど、僕がいつ病室から出られるか分からないので」。
と鴨志田さんは語っていたそうです。
 
 
 
そんな思いが通じたのか、小池氏もこの時期の出版をOKした。
印税は一切、小池氏には入らないそうです。