【ノリつっこまないボケ?】「ぺこぱ」のネタはどっちが作っている?4回もボケとツッコミを変えて辿り着いた現在

昨年の『M-1グランプリ2019』では“ノリつっこまないボケ”という斬新すぎる漫才が世間に衝撃を与え、3位を獲得した「ぺこぱ」。
バラエティー番組に引っ張りだこなお2人ですが、念願の「オールナイトニッポン(ANN)0」を終えた後には、文化放送で新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛要請にともない、自宅で過ごす子どもたちに元気と勇気を届ける特番にチャレンジするそうです。

そんな大人気の「ぺこぱ」ですが、あの斬新な「ノリつっこまないボケ」を代表としたネタは誰が作っているのでしょうか?

二人の関係性を調べてみました。

「ぺこぱ」のボケ、ツッコミの名前は?

株式会社サンミュージックプロダクション所属の「ぺこぱ」。

メンバーは

ツッコミ → 松陰寺 太勇(しょういんじ たいゆう) ※写真右
ボケ → シュウペイ ※写真左

です。

 

ネタ作りは松蔭寺さんが担当。

元々、松蔭寺さんはピン芸人として活動されていました。
なので、ネタ作りは当然のことながら松蔭寺さんがメインのネタ作り担当をされているようです。

ちなみに、シュウペイさんは漫才をやっていたわけではなく、
松蔭寺さんに誘われてお笑いの道にはいったわけなのであまりネタ作りはしていないようですが、
キングオブコントでのネタなど、数本ネタを作成しているようです。

 

結成のきっかけは?最初は「ぺこぱ」ではなかった?

2007年頃、
ピン芸人「松井祭」として活動していた松陰寺(松井)とギャル男でフリーターのシュウペイと渋谷の居酒屋で同じアルバイトとして出会ったそうです。
松陰寺さんがシュウペイに将来何がやりたいか聞いたところ「伝説を作りたい」と言われたのを松陰寺が気に入り、お笑いの世界に誘ったそうです。

元々シュウペイはお笑いの世界に興味が無く、
松陰寺のピン芸人としてのライブを観てあまり面白くないと思っていたこともあり断り続けていたそうです。

松陰寺が約半年間誘い続けた後、試しでコンビを結成、2008年4月30日から「先輩×後輩」(せんぱいこうはい)のコンビ名で活動を開始されました。
このコンビ名の由来は、当時のアルバイト先の居酒屋で松陰寺さんが先輩、シュウペイさんが後輩だったという関係からだそうです。

また、松陰寺が「売れる芸人の名前には『ん』がつく」というジンクスを信じていたことが影響しているそうです。

ボケとツッコミを4回も変更?現在の「ぺこぱ」になるまで

元々「ぺこぱ」は結成してしばらく、ボケとツッコミが今と逆でした。つまり、ボケが松蔭寺さんで、ツッコミがしゅうぺいでした。
その後、4回ボケとツッコミを入れ替えているそうです。松陰寺がキザキャラを始めてからはボケ担当になっていたましたが、その後は同じキザキャラのままツッコミに再転向しているという試行錯誤で現在の「ぺこぱ」の形になったそうです。

 

“ノリつっこまないボケ”はどうやって生まれた?

ぺこぱのブレイクのきっかけはツッコミで否定しない全肯定のツッコミ!!
“ノリつっこまないボケ”とも呼ばれていますよね。誰も傷つけないツッコミとして新しいツッコミはとても新鮮です。

 

結成当初は、しゅうぺいは漫才経験のない素人。高校の時はサッカーの強豪校で練習にあけくれ、その後はギャル男として遊んでいた一般人でした。
そんな状態なので、当初は舞台で漫才を披露しても、他の芸人さん達やお客さんからその拙さに馬鹿にされたような笑い方をされたそうです。

この反応で松蔭寺さんはしゅうぺいにツッコミをさせた事を反省して今のボケとツッコミのスタイルに変更!!
シュウペイがボケに回ってからM-1の成績が良くなったそうです。

ハライチ・岩井さんはこのことについては「こんなやつがツッコめるわけないもんね」とある番組でおっしゃていたくらいシュウぺイさんにはツッコミはむいていなかったようです。
それに関しては、松陰寺さんは「今になって思うんですけど『無理をさせてたな』って」と、シュウペイにツッコミを任せていたことを反省しているそうです。

 

2019年のM-1グランプリで披露した全肯定漫才が生まれた理由について、

「“シンプルにボケてツッコむ”ということをただ裏切りたかっただけ。最初これはひとボケだったけど、それがウケたので全部そうすることにした」と言ったことを話している。また最初は普通のツッコミをして、時にはネタ中に人の悪口も言っていたこともあったということで「その人に向けた槍は必ず僕に戻ってくるんだな」と分かって、その後はやめた」

とも松蔭寺さんは語っています。こういう思いやりがあって、相手を否定しないツッコミが生まれてきたのですね。